サステナビリティ

IUCN発、マルセイユ・マニフェストとは——気候と生物多様性の“ひとつの危機”にどう向き合うか

こんにちは、logminamiです。

今日は「IUCN発、マルセイユ・マニフェストとは」というテーマで、国際自然保護連合(IUCN)が2021年の世界自然保護会議(WCC)で採択した重要文書を、サステナビリティ視点・海外事例・日本のいまを横断しながら噛み砕いていきます。

それでは、どうぞ。


マルセイユ・マニフェストはどんな文書?

「マルセイユ・マニフェスト(The Marseille Manifesto)」は、2021年9月、フランス・マルセイユで開かれたIUCN世界自然保護会議(World Conservation Congress, WCC)の会期末に、IUCN会員の議場(Members’ Assembly)で“拍手によって歓迎”された、会議全体のキー・メッセージを束ねた声明です。コロナ後の復興、生物多様性危機、気候緊急事態にフォーカスし、会期中に表明された重要なコミットメントや発表を短くまとめています。採択日は2021年9月10日。IUCN公式の会議説明にも、マニフェストが会期のメッセージを取りまとめたものだと明記されています。IUCN World Conservation Congress


“気候”と“生物多様性”は別々の問題じゃない

マニフェストの冒頭で強調されるのは、「気候と生物多様性の緊急事態は、別々ではなく、一体の危機である」という視点です。人間活動が危機を複合化させ、私たちの生存と地球生命の土台を脅かしている。だからこそ、対策は相互に補強し合うべきで、たとえば気候対策の名のもとに生物多様性をさらに失うようなことがあってはならない——こうした骨太の方向性が、最初から明確に示されています。4post2020bd.net

この“一体の危機”というフレーミングは、とにかく実務的です。たとえば「再エネの拡大量」を考えるにしても、立地評価や送電ルートの設計で生態系との両立を本気で組み込む必要がある。つまり「何を増やすか」だけでなく「どう増やすか」まで含めた総合設計が求められるということ。読み手としては少し背筋が伸びますが、同時に、解決策も連動させることで相乗効果を狙えるという希望がにじみます。


コロナ後の“ネイチャー・ベースの復興”——10%は自然への投資を

マニフェストが具体的に提言しているポイントのひとつが自然に基づく復興(Nature-based recovery)です。各国政府が景気対策で投じる巨額資金のうち、少なくとも10%を自然の保護・再生に充て、残りも自然に追加的な害を与えないようにという指針が書かれています。これ、数字が入っていて実務で使いやすい。復興投資の配分や、企業の助成金設計を考えるときの“目安”になります。4post2020bd.net

ここで言う“自然に基づく”は単なる植樹に限りません。湿地の再生による洪水緩和、干潟・藻場・サンゴ礁の回復による沿岸防災、都市のグリーンインフラ整備によるヒートアイランド緩和と健康増進など、NbS(Nature-based Solutions)の幅広い手段を想定しています。IUCNのNbSグローバル・スタンダードに沿って設計・運用されることも、同声明の中で推奨されています(投資が社会的公正を損なわないように、包摂性も強く打ち出される)。4post2020bd.net


「ネイチャー・ポジティブ経済」への転換

マニフェストは、自然に依存する経済規模の大きさを踏まえ、有害補助金の改革サーキュラーエコノミーの導入、企業・投資家による科学的なインパクト評価を要請します。要するに、「自然を使い捨てにしないで、自然を増やす方向(Nature-positive)に経済の舵を切ろう」という話。ESGの潮流に“実体(自然の状態)”という強い軸を通すイメージです。私はこの辺りを読むと、「調達ポリシーや新規事業のスクリーニングに自然資本の視点を追加する」など、企業の具体論にすぐ落とせると感じます。4post2020bd.net


30by30(サーティ・バイ・サーティ)と“ノーゴー”の考え方

保全に関しては、2030年までに地球の少なくとも30%を保護・保全するという、いわゆる30by30のターゲットを明確に支持。しかも単に面積を増やすだけではなく、効果的で相互につながるサイト・ネットワークとすること、先住・地域コミュニティの権利(FPIC)を尊重すること、破壊的な産業活動のノーゴーゾーン(深海底採掘などを含む)という原則に踏み込んで言及しています。数字、権利、実装の質、この三点セットが揃うのがマニフェストの強み。


気候危機への処方箋:1.5℃、2050年カーボンニュートラル、そしてNbS

気候については、産業革命前比+1.5℃に抑えるために2050年ネットゼロという到達点をはっきり掲げ、化石燃料支援の迅速な廃止、移行の公正性の担保、そして自然が果たす30%程度の緩和ポテンシャルにも触れます。海洋の役割(炭素吸収)とその劣化リスク、UNFCCCのRace to Zero / Race to Resilienceとの整合も示されており、「温暖化対策と自然再生を一体でやる」方向に舵を切る文脈がクリア。都市の緑、農地の生物多様性、沿岸のブルーカーボン……全部がつながってくる。

マルセイユ・マニフェストの効力とは

マルセイユ・マニフェストは、国際自然保護連合(IUCN)の会員総会が「歓迎」した政治的声明であり、法的拘束力は持ちません。ただし、IUCNは世界政府機関・NGO・先住民団体・研究機関などあらゆるステークホルダーを会員に持つため、このマニフェストは国際的な合意形成の方向性を示す“ソフトロー”として強い影響力を発揮します。

特に、各国政府の政策立案や企業のサステナビリティ戦略、国際枠組み(CBD COPや気候変動枠組条約)における交渉方針に間接的に組み込まれるケースが多く、「国際社会が望む基準」や「目標の優先順位」を事実上示す指針として機能します。

要するに——

  • 拘束力はないが、国際的な政策・企業行動に波及する影響力は大きい
  • 10%の自然投資や30by30などの数値目標は、他の国際合意や国家戦略に“翻訳”される
  • 国際会議や資金調達の場で、基準・言及の根拠として引用されやすい

こうした意味で、マルセイユ・マニフェストは「地球環境ガバナンスの流れをつくる宣言」といえます。


会期中に表明された具体的コミットメント(海外事例)

マニフェストには、会期中に発表された具体策も並びます。たとえば——

  • グレート・ブルー・ウォール(Great Blue Wall):西インド洋の沿岸諸国主導で、地域連結した再生型ブルーエコノミーを構築し、約7,000万人に便益をもたらす構想。
  • 企業コミットメントKering、Holcim、L’Occitane、LVMH、Pernod Ricardなど多国籍企業が、サプライチェーンを含むネイチャー・ポジティブ戦略を約束。
  • ギリシャ領海の10%にノーテイク・ゾーンを設定する方針、海洋プラごみ60%削減
  • 森林回復の加速エルサルバドル、ベリーズ、パキスタン、チリ、フランスのプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域などが合計550万haの回復を表明(ボン・チャレンジの累計は2億1,500万ha超)。
  • 世界遺産の“ノーゴー”国際水力発電協会が、世界遺産地域での操業は行わないという明確なコミットメント。

これらは“世界はすでに動き出している”ことの証拠です。企業のサプライチェーン管理や自治体の海域管理など、分野横断で参考になる事例が詰まっています。


日本の動き:30by30ロードマップと自然共生サイト

日本でも、30by30の達成に向け「30by30ロードマップ」が策定され、OECM(Other Effective area-based Conservation Measures)の認定を含めた多様な保全エリアの拡充が進んでいます。環境省の特設ページでは、昆明・モントリオール生物多様性枠組(2022)を受けて「生物多様性国家戦略2023–2030」が閣議決定され、ネイチャー・ポジティブの2030年実現とともに、30by30が明確に位置づけられていることが示されています。環境省政策サイト環境省

また、「自然共生サイト」という日本版OECMの認定スキームで、国立公園等以外の森・里・海・都市の緑地など、管理の結果として保全効果が出ているエリアも見える化・登録していく段取りです。ロードマップ本文では、2023年に100地域以上の先行認定を目標に掲げ、関係主体との協定や一括認定、アライアンスの構築で加速する施策が書かれています。自治体や企業にとっては、自分たちの保全活動を国際枠組みにつなげる入口として働きます。環境省

(ここで一歩:もし自分の住む自治体に里山保全や都市のビオトープがあれば、運営団体のウェブを覗いて、ボランティア日程や市民参加の窓口をチェックしてみるのも手。大げさじゃないけれど、“数時間の手入れ”が確かに自然を回復軌道に乗せる力になります。)


マニフェストが残した“設計図”——政策・企業・市民をつなぐ

私がこの文書を“設計図”と呼びたくなるのは、数字(10%/30%)・権利(先住民の権利)・質(スタンダード)・資金(金融改革)が同じ紙の上に乗っているからです。政策立案者には羅針盤、企業には投資・調達の判断基準、市民には「自分の街で何を増やすか」のヒントになる。IUCNのレポートやIISDのサマリーも、マニフェストが会期アウトカムのメイン文書であることを繰り返し伝えています。IISD Earth Negotiations BulletinSDG Knowledge Hub


「測れること」へのこだわり:スタンダードとインデックス

良い方針は、測れなければ進まない。マニフェストはIUCNグリーンリスト(保護地域の効果的管理の基準)や都市の自然指数(Urban Nature Index)の活用にも触れ、定量・可視化の重要性を明確化しています。企業コミットメントについても、「測定し、報告する(measured and reported)」と書かれていて、脱・スローガンの覚悟がにじみます。私たちも同じ。個人のレベルでも、たとえば移動手段の切替で排出をどれだけ減らせたかを可視化するアプリを使うなど、“数字への感度”を上げていきたいところです。4post2020bd.net


グローバルな潮流との接続:GBFと各国NBSAP

マニフェストは、直後に控えていたCBD COP15(生物多様性条約)での合意を見据えており、その後昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF, 2022)が採択。各国がNBSAP(国家生物多様性戦略)を改訂する流れに入りました。日本のNBSAP 2023–2030は、2030年ネイチャー・ポジティブを掲げつつ、指標やレビューの仕組みをアップデートした最新版です。ここでも30by30、OECM、NbSが中核概念として貫かれています。Convention on Biological Diversity環境省


ふだんの暮らしとマルセイユ・マニフェスト

さて、ここからは少し肩の力を抜いて。大きな国際枠組みの話は壮大ですが、日常の選択だって静かに世界を動かします。たとえば——

  • 都市の緑:近所の公園の植栽や外来種の扱いを自治体がどう考えているか、公開資料を見に行く。意見を出してみる。
  • 食と土壌:季節の野菜を選ぶ、フードロスを減らす、コンポストを使う。土壌の生物多様性は、気候・水循環・生産性とも密接です。
  • 海とプラごみ:使い捨てを減らすのはもちろん、回収・再生の仕組みに参加する(地域のクリーンアップやリサイクル拠点の活用)。

私は、こういう細い糸が、「自然に投資する社会」のネットワークを織っていくと信じています。マニフェストの文章にある「ローカルな行動は力」というフレーズを、毎日の選択の背中押しにしていきたい。4post2020bd.net


企業・自治体への実装ヒント(超要約)

  • 調達・与信の見直し:自然への負の外部性をスクリーニングする指標を入れる(サプライヤーコードに生物多様性条項を実装)。
  • 土地・水のポートフォリオ管理30by30OECMに接続できる社有地・公有地の管理。グリーンリスト基準での運用も検討。
  • 復興・開発予算の10%を自然へ:公共事業や地域再エネの設計段階からNbSを組み込む(治水・防災・健康のコベネフィットを明示)。

(どれもマニフェストの行間と数字から素直に落とせる打ち手です。)4post2020bd.net


誤解しやすいポイントをサクッと

  • 「30%」は“質”が前提:面積を足せばいいわけではありません。連結性管理の効果、権利の尊重(FPIC)が同時に必要。4post2020bd.net
  • NbSは“なんでも植林”ではないIUCNのスタンダードで社会的公正や生態学的妥当性がチェックされます。4post2020bd.net
  • 企業コミットメントは測定・報告:宣言で終わらず、報告と測定がセット。4post2020bd.net

まとめ:私たちの“ひとつの危機”に、ひとつの未来を

いかがでしたでしょうか。

マルセイユ・マニフェストは、「自然を守る」の先に「自然を増やす」を見据える文書です。気候と生物多様性を“別枠”にしないで、復興、産業、地域づくりを串刺しにする。

10%、30%というわかりやすい数字は、そのまま予算計画や土地利用に翻訳できます。だからこそ、私たちも、今日の選択に“自然を増やす”視点を少しだけ足してみる。その累積が、2030年の景色を変えます。

そのほかのサステナビリティなどに関する情報については、こちらよりご覧ください。

それでは!


参考文献・リスペクト(一次資料・レポート・公式発表)

  • The Marseille Manifesto(IUCN WCC, 10 Sept 2021)原文PDF。会期のキー・メッセージ、10%投資、30by30、NbS、コミットメント一覧を収録。4post2020bd.net
  • IUCN Congress About(2025サイト内):マニフェストが会期のメッセージ取りまとめであり、2021年9月10日に歓迎された旨。IUCN World Conservation Congress
  • IISD/ENB サマリー:WCC 2021の総括(マニフェスト採択、先住民の権利への言及等)。IISD Earth Negotiations Bulletin
  • IISD SDG Knowledge Hub:マニフェストがメインアウトカムであること、危機の臨界点を強調。SDG Knowledge Hub
  • 環境省プレス(第7回WCCの結果概要):会員総会での声明(マルセイユ・マニフェスト)発出、日本の参加状況。環境省
  • 30by30(環境省 公式ページ):日本の30by30の位置づけ、NBSAP 2023–2030との関係。環境省政策サイト
  • 30by30ロードマップ(本文PDF):自然共生サイト(日本版OECM)の先行認定、推進の仕組み。環境省
  • NBSAP of Japan 2023–2030(英語版フライヤー):GBFへの整合、ネイチャー・ポジティブの2030年実現。Convention on Biological Diversity

断定表現に紐づく典拠(論文・公式文書)

jaJapanese